会えない時を超えて

 2020年1月31日。

 思えばこの日が、僕にとっては終わりの始まりであったと同時に、2年後の夏に訪れる幸せな時間を決定づける始まりでもあったのだろう。まだ聞き慣れなかった「感染拡大防止」を理由に、翌日予定されていた『&TWICE』お渡し会中止のお知らせが届き、TLに流れてきたTwitterのライブ放送でニナの『Brand New Day』を初めて聴いたあの日。そうやって、いろいろな意味で風の匂いが変わったのが約2年半前のこの日だった。

 

 2022年9月4日。

 この記念すべき日について、いまこれを書きながら情景が浮かんだ思い出をいくつか書いてみようと思う。あらかじめ断っておくと、これはただの感想文だから、この日の出来事を残すための客観的な記録にはならないし、いわゆるレポートと呼べるほど大層な役目は果たさないことを許してほしい。

 

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 アリーナ前方でありながら会場のいちばん端という今回の座席は、オフラインでの公演が無くなる前、最後に参戦したTWICELIGHTS幕張公演とほとんど同じで、3年という時間をタイムスリップしたような心地にさせられた。"Light"を浴びに来ているところまで同じなのだから、偶然だと思うことのほうが勿体無いような気がして、脳裏であの日の光を思い浮かべながら開演を待った。開演前に流れるJYPアーティストが順番に紹介されるあの映像、めちゃくちゃ良い。メインの活動領域の違いからその感覚が薄れてしまうときがあるのだけれど、やはりNiziUはあの偉大なる先輩グループたちと名を連ねるJYPの一員なのだと、改めて認識として刻み込まれるし、今からその彼女たちを見られるのだという期待感も高まるというものである。すでに響き渡っているクラッパーの音を聞きながら、本当にJYPからデビューしてくれてよかった......と、何も始まってすらいない段階で泣きそうになってしまった。

 

 僕は公演のたびにいつも思うのだが、開演から終演までの中で最も心拍数が上がるタイミング、身体に変調をきたすほどの鼓動が体内から感じられる瞬間は、アーティストが目の前に現れる開演直後である。画面越しのずっと遠くにいるはずの存在が、自分と同じ空間に現れてしまうというのは、何度経験しても非現実的に思える。ついさっきまでは現実世界と地続きだったはずの会場が、彼女たちが現れたことを皮切りに丸ごと異世界へと飛ばされてしまったかのような、そういう急激な空間の切り替わりがたまらなかった。WithUと対面した瞬間のスイッチが入る感覚が好きだとマコも言っていたけれど、あれはファンである自分の側からしても同じであり、昔からずっと思ってきたことだったので嬉しかった。

 

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 さて、ここからは印象的なパフォーマンスについて書き残したい。

 まず、『CLAP CLAP』は最高に楽しかった楽曲のひとつだ。なんというか、本当に今日この日のために作られた楽曲なのだと気づかされて、マスクの下で笑顔になってしまった。この楽曲およびシングルのタイトルとツアー名『Light it Up』のフォントが同じなのは、もちろんこのシングルを引っ提げてのツアーであるということを意味しているのだろうが、むしろ楽曲の側がツアーに合わせて存在しているような気もする。声を出してはいけないという縛りが課せられた中で、この『CLAP CLAP』だけは「声を出せない代わりに拍手で盛り上げる」のではなく「拍手でこそ盛り上がる」ようになっていた。これってつまり、声出し禁止の公演で披露することが元から織り込まれているってこと?と一発目の"clap clap"で思い、心の中でも大拍手をかました。

 拍手なら本当に遠慮なんていらなくて、その歌詞を聴きながら「そういうことか〜〜〜」とクラッパーで膝を強打しつつ、全力で楽しませてくれることへの感謝を捧げた。声出し禁止という我々に課された枷をすっかり忘れさせてくれる、とにかく楽しくて素晴らしいパフォーマンスだった。

 

 公演全体を振り返って、いちばん自分が心を動かされたのは、ユニットでのパフォーマンスだったように思う。それは今まで見たことがない最も新しいNiziUの姿でありながら、いざ目の当たりにしたとき、逆にいちばん最初に彼女たちを見たNizi Projectを強く思い出した。

 当たり前のことだが、NiziUは9人でひとつのグループであり、普段は9人で役割分担をし、9人の魅力が溶け合うことでひとつのパフォーマンスを完成させている。もちろんその中でも各シーンで個人の能力は感じられるのだが、ああいう風に一側面ずつバシッと切り取って「ここに注目してね!」と得意分野に全振りされると、かつてそれを見せつけられた『I'll be back』や『Nobody』を思い浮かべずにはいられなかった。出会ってから時間が経った結果、多くの魅力を知ったがゆえにディティールを処理しきれず、「かわいくて歌もダンスも上手な女の子たち」というような、最高だけれど曖昧な概念としてNiziUを認識してしまっていた気がする。しかしながら、ユニットという形で彼女たちの魅力が因数分解されると、それぞれの色がいつもより鮮明に目に映って、9人をグループとしてではなく、それぞれ個人として認識していた頃、つまりはNizi Projectを見ていた頃の懐かしい感性が再度戻ってきたようだった。

 NiziUというグループを好きになるその前に感じた、「こんなにも強烈な能力と魅力を兼ね備えた9人が集まって、ひとつのグループとして存在しているのがNiziUなんだ......」という奇跡みたいな前提を改めて突きつけられる、特別な時間になった。ちなみに、個人的にはリクミイヒニナのステージが自分の聴覚にとってあまりに衝撃的で、そういえば全てはここから始まったんだった、と特に懐かしくて新しい感情を抱かされたパフォーマンスだった。あと、完全に勢いに乗ったニナは誰にも止められない。本当に最高。

 

 最後に、外せないのはやっぱり『Need U』になるだろうか。とにかく最短距離で歌詞が心まで届いてきて、感動するパフォーマンスだったというよりも、もはや話しかけられているような感覚に近かった気がする。実質ミーグリ。ここ数年、僕は韓国語の曲を聴くことが多く、特に好きな曲に関しては歌詞の意味まで分かって聴いているものもあるけれど、それでも細かなニュアンスだったり、直感的な理解だったり、取りこぼしを避けられないとは感じている。そういう意味では、NiziUの楽曲は自分に対してよりしっかりと響いている部分があるのかもしれないとは思っていて、それが形となり強く実感されたのがこの曲だった。

 リマのMCは、自分たちの楽曲でメッセージを届けたいという思いについての話だった。彼女たちの言葉に応えて、こちらも誠実に語るとするならば、僕はそんなに真っ直ぐな人間でもポジティブな人間でもない。だから、NiziUの楽曲を聴いて「自分も頑張ろう!」と素直に思えて日常を頑張れているかと問われると、その自信はないというのが正直なところだ。でも、少なくともあの瞬間、自分は『Need U』のメッセージを受け取ったと思えたし、そうやってNiziUとともにいられた時間と空間によって、もっと彼女たちのことを好きになることができ、その好きだという気持ちこそが、日常を歩む足取りを軽くしてくれるのだろうと思った。加えてこれだけは言っておかなければいけないのだけれど、アヤカの「この気持ち届いてるの?」がかわいすぎて胸が苦しい。助けてほしい。

 

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 短い間にたくさんの思い出があってどこか感覚がバグってしまうのだが、NiziUは正式なデビューから2年も経っていないらしい。他に自分がガッツリと参戦している公演がTWICEくらいなので、どうしてもそちらを思い出しながらになってしまうのだが、その活動年数の違いから両グループでは楽曲数に差があるし、それゆえに僕が生で聴いてみたいと思う楽曲や見てみたいと思うパフォーマンスの数にも差がある。それでもなお、彼女たちの公演にまた参戦したいと強く思ったのは、ただ「そこにいたいから」という気持ちによるところが大きいと思う。

 彼女たちを初めて知ったのはNiziUがNiziUではなかった頃で、(さすがにどこにでもはいないと思うが)普通のOrdinary Girlsを一歩だけ抜け出した、そんな時期である。だから、彼女たちがこのステージに立つまでに紡いできた歴史の表層については、大部分をリアルタイムでともに進んできたとも言えるし、実際、短いながらも深くて濃厚なNiziUが歩んだ時間が僕の中にも蓄積されているように感じられる。きっとオーディション番組で生まれたグループのファンは少なからず似た感覚を持っているのだと思うが、やはりONCEでもある自分にとっては、その気持ちに隣り合って存在するTWICEを好きでいた時間までが積み重なって、特別に拡張されているように思う。そして、この感覚は代々木まで足を運ばずとも日々抱いているつもりだったのだが、初めてNiziUと出会ったとき、涙を流す姿を見たとき、あるいは閉幕直後に東京ドームでの公演が発表されたあのとき、歴史を刻んでいくまさにその瞬間に立ち会えることの幸せを知った。

 どれだけ親しかろうと、他人の気持ちや経験というものを手に取るように理解することはできないし、もちろん自分とは全く立場の違う人間が過ごしてきた時間や、それに伴って生じる感情などわかるはずもない。だから、アイドルが流す涙に対して文字通り「共感する」ことは難しく、共感できたと思うのは勘違いに近いのではないかとすら思っていた。しかし、その誕生からずっと追ってきたNiziUの流す涙を見たとき、ほんの少しだけ「わかる」と言わせてほしいと思った。安易にシンデレラストーリーなどと呼ぶことはできない、彼女たちがこれまで重ねてきた努力や苦労について、僕はほんの一部しか知らないし、もっと言えばそこに対して僕よりもはるかに熱心な想いを持つWithUが大多数だと思う。そんな立場から言うのも肩身が狭いのだが、足を踏み入れるだけで圧倒されるような広さの会場の中で、倉庫みたいだった東京予選の会場に想いを馳せると、そんな僕にも何かをわからせてほしくなるのだ。そして、募る想いを「わからないなりにわかる」ためには、できるだけそこにいたいと思った。

 

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 会場の外に出ると、アスファルトが濡れていた。綺麗な虹を眺めていた間に、僕が知ることのないまま雨が降り、そしてすっかり止んでしまったなんて、本当に別世界の出来事みたいだと思った。

 ここに書ききれなかったこと以外にも、メンバーそれぞれが伝えてくれた言葉だったり、この公演を経て急激に好きになった『Joyful』だったり、はたまた幕間で完璧なダンスを披露したお姉さんだったり、共有したい出来事と感情は山ほどある。ただ、その有り余るほどの幸せたちは、それを実際に味わった誰かと会って、一緒に「あれ良かったよね......」とだけ言いながら長い余韻に浸るときにでも残しておこうと思う。

 最後に、クラッパーの下部を縛って持ちやすくするための輪ゴムを分けてくださった、隣の座席のWithUに心から感謝します。そのライフハックならぬライブハックを身につけられる人生は、きっと最高だと思います。そして、ここまで読んでくださった方も、本当にありがとうございました。

 

 もし叶うならば、東京ドームでもNiziUに会いたい。この前よりもずっと短い、会えない時を超えて。